ダニエル書講解19 「預言と歴史の一致」


 クロスの兵士たちが王宮の間近に迫った時、バビロンの兵隊たちはペルシャ軍が都城に侵入したことをはじめて認めた。ベルシャザルはすぐに動乱の原因を感知し、到底免れることのない運命に抵抗してみたが、その甲斐なく殺されてしまった。ベルシャザルのこの饗宴の光景はダニエル書5章に記載され、その場面は下記のような簡単な記録持って結ばれている。「メデアびとダリヨスが、その国を受けた。この時ダリヨスは、おおよそ六十二歳であった。」ダニエル5:31

 バビロン滅亡に関する以上の記録の他に、最近になってクロスの円柱型土器(バビロニヤまたはアッシリアの寺院の下に埋められた楔形文字で彫られた土器)と、ナボナデウス王(ナボニドゥス)の碑文が発掘された。それには「タムーズの月(6月)にクロス軍は平野においてナボナデウス王を破り、「戦わずにしてバビロンに入った」と記されている。そして都の内部はその後占領されたと記されている。堅固な城壁をめぐらした内部には大寺院や宮殿があって、ナボナデウス王の子ベルシャザルが治めていたようである。最後の記念碑の一片には、「マーケスバン(10月)の11日の夜、大将は(以下文面不明)・・・・に対して総攻撃を試みた。」この文面不明の所は多分内城であったことだろう。この総攻撃に対して。「彼(クロス軍の大将ゴブリヤス)は王の子(ナボナデウスの子ベルシャザル)を殺した」と記されている。すなわち記念碑の破片はそこにいた預言者の霊感の筆によって昔から詳細に伝えられているベルシャザルの酒宴の最後の夜の光景を断片的に物語っている。(ダニエル書5章参照)
 このようにして巨像の第一の区分は完結し、預言者の言葉に違わず第二の王国が起こり、ここに預言的夢の最初の部分は成就したのである。

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