「変化を拒んだ故、失敗者となったモアブ」

「モアブはその幼い時から安らかで、酒が、沈んだおりの上にとどまって、器から器に、くみ移されなかったように、捕え移されなかったので、その味はなお存し、その香気も変ることがない。」(エレミヤ48:11)


 「人は神の勧告や忠告に聞き従うことを拒むことはできる。彼は自分の行動を自分に完全にまかせることを選ぶこともできるのである。・・・主がはっきりと彼の働き、その特権、その機会、また果たすべき向上を指摘されても、品性の不完全な特徴を正すことを拒む。自分の古いやり方をやめたり、自分の考えや方法を変えたりするのはあまりにもわずらわしいのである。『その味はなお存』在する。彼は自分の欠点に執着している。」(手紙10,1897年)
 「神が与えてくださった働きに満足しない人がたくさんいる。彼らは、神が自分たちのためにしるされた場所で、喜んで神に仕えたり、自分の手に神が置かれた働きをつぶやかないで行うことに満足しないのである。わたしたちが義務を行う方法には満足しなくても、義務そのものに不満を抱くべきではない。なぜなら、・・・神はみ摂理のうちに、人間の病的な心の薬として奉仕を人の前に置かれるからである。・・・神はゆるやかな教理や過度の放縦がその人のわなにはならない場所、また彼らが時の価値を感謝し、その時を最上にまた最も賢く用いることを教えられる場所に、ある人々を置かれる。
 支配権をもつことを欲する人、また服従という清めの必要な人々がいる。・・・この人々は、自分が訓練して得た能力が、最も大切な奉仕に用いられる準備をしている人々である。神はある人々を、失望し、はっきりと失敗するにまかせることにより訓練される。彼らが困難を克服することを学ぶのが、神のご目的である。・・・ 多くの人は神のためにどのように働くかについて無知であるが、それは彼らが無知である必要があるからではなく、神の訓練課程に従う意志がないからである。モアブは失敗例として語られている。なぜならみ言葉は『モアブはその幼い時から安らかで』と宣言されているからである。(原稿79,1903年

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