「相互の契約」

 「きょう、あなたは主をあなたの神とし、かつその道に歩み、定めと、戒めと、おきてとを守り、その声に聞き従うことを明言した。そして、主は先に約束されたように、きょう、あなたを自分の宝の民とされること、また、あなたがそのすべての命令を守るべきことを明言された。」(申命記26:17,18)

 もし神との契約を満たそうとするのであれば、わたしたちの側で、わたしたちの奉仕や、資金を差し控えることがあってはならない。……神のすべての戒めの目的は、神に対してだけでなく、同胞に対する人の義務をも示すことである。世界歴史の最後の時代に、わたしたちの利己心のゆえにこれらのことを要求なさる神の権利を疑ったり、論争したりすべきではない。そうするならわたしたちは自分自身を欺き、わたしたちの魂から神の恵みの豊かな祝福を奪うことになるであろう。心と精神と魂は神の意志に結びあわされるべきである。無限の知恵の命じるところから造られ、主の主、王の王の力と権威によって結ばれた契約はわたしたちの喜びとなるのである。……神の律法への服従は、ご自分の民の命であり繁栄であると神は語っておられるが、それで十分である。
 神の契約の約束は、相互関係にある。……神はご自分の御名の栄光のために働く者を、背教と偶像礼拝の世においてご自分の御名を誉れあるものとするために受け入れられる。神はご自分の戒めを守る民によって高められるが、それは彼らを「誉と良き名と栄えとをあなたに与えて、主の造られたすべての国民にまさるものとされる」ためである(申命記26:19)。
 バプテスマの誓約によって、わたしたちは主なる神を自分たちの統治者として、公然と明言し厳粛に告白した。わたしたちは事実上、父と子と聖霊の御名によって誓いをした。今後、わたしたちの命はこれらの三つの偉大な力と一つとなり、わたしたちが肉において生きる命は、神の神聖な律法に忠実に従って生きると誓ったのである。わたしたち自身が死んだ者であり、わたしたちの命が主なるキリストに隠されていると宣言した。それは、今後、新生を経験した男女として新しい命を神と共に歩むことを明らかにしたのである。わたしたちは神との契約を認め、天上の事柄を求めると自らに誓った。その天というのは神の右にキリストが座しておられる所である。信仰の告白によって、わたしたちは主をわたしたちの神と認め、そして彼の律法に従うために自分自身を明け渡したのである。(原稿67,1907年)

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