「求めなさい」

 「このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか。」(ルカ11:13)

 わたしたちの主は恵み豊かで力強いお方である。このお方は、信仰によってこのお方のもとに来る者たちにこれらの賜物を豊かに与えられる。……わたしたちは、ペンテコステの日に弟子たちが祈ったように、聖霊の降下のために熱心に祈るべきである。もし彼らがその時に御霊を必要としていたならば、わたしたちはもっとそれを必要としているのである。道徳的暗闇が、葬儀の棺おおいのように地を覆っている。あらゆる種類の偽りの教理、異教、サタンの欺きが、人々の思いを誤りに導いている。み霊と神の力がなければ、真理を提示するわたしたちの働きは無駄になるのである。(教会への証5巻157,158)
 キリストの恵みによって、使徒たちはあの状態に変えられたのである。このお方との密接な交わりに入ることができたのは、真剣な献身とへりくだった熱心な祈りの故であった。彼らは天においてこのお方と共に座った。彼らは自分たちがこのお方に多く負っているということを悟った。熱心でたゆまない祈りによって、彼らは、御霊の賜物を得て魂を救うという重荷を負って出て行った。……わたしたちは使徒たちよりも熱心さにおいて劣っていてよいのであろうか。(教会への証7巻32)
 これこそ、われわれが力を受ける手段なのだから、み霊の賜物を飢えかわくように求めようではないか。それについて語り、そのために祈り、そのことについて説教しようではないか。……み霊のバプテスマを日ごとに受けるためには、働き人がめいめい神に願いをささげなければならない。クリスチャンの働き人は仲間同士集まって、いかに計画し、賢く実行するかということを知ることができるように、特別な助けと天来の知恵を求めなければならない。(患難から栄光へ上巻46)
 一日一日が、永遠の中に過ぎ去り、わたしたちは恩恵期間の終了に近づいている。わたしたちはかつてなかったほど、もっと豊かに聖霊がわたしたちに授けられるようにと祈らなければならない。そしてわたしたちは聖霊の聖化する感化力が働き人たちの上にもたらされるようにと期待しなければならない。……
 神の御霊の感化の下にある人々は狂信的ではなく、平静で堅固であって、思想や言葉や行いにおいて大げさになることはない。欺瞞的な教理という混乱の中で、神の御霊は、真理の証拠を拒まず、真理であるお方から来る声以外の声を封じてきた人々の案内者、また盾となって下さる。(ゴスペル・ワーカー288,289)

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