「回復されたエデン」

 「耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べることをゆるそう。」(黙示録2:7)

 「エデンの園は、人間がその楽しい道から追われた後も長く地上に残っていた。その入り口は警護の天使が守っているだけで、堕落した人類は、罪の入らなかったときの住居を長い間かいま見ることを許されていた。ケルビムが守っていた楽園の門には、神の栄光があらわれていた。アダムとその子らは、ここに来て神を礼拝した。かつて、神の律法を犯したためにエデンから追放された彼らは、ここで神の律法に従う誓いを新たにした。悪のうしおが全地にみなぎり、人々の悪行の結果、世界が洪水によって滅ぼされることになったときに、エデンの園を造られたみ手は、それを地上から取り去られた。しかし万物が回復されて、『新しい天と新しい地』が出現するとき(黙示録21:1)、それは、はじめのときよりももっと輝かしく飾られて回復されるのである。
 そのとき、神の戒めを守ってきたものは、いのちの木の下で、不死の生気を呼吸する。そして、罪のない世界の住民は、永遠にわたって、この喜ばしい楽園に、罪にのろわれなかった完全な神の創造のみわざの見本を見るとともに人間が創造主の栄光に満ちた計画を成就していたならば、全世界がどのようになったかという見本を見るのである。」(人類のあけぼの上巻52)
 「アダムに最初の主権が返されたのである。彼は、喜びのあまり我を忘れて、かつて自分の楽しみであった木々、まだ罪を犯さず喜びに満ちていた時に、自分で実を集めたその木々をながめる。彼は、自分の手で整えたぶどうの木、かつて愛し育てた花々を見る。彼の心は、この光景が現実であることを悟る。これが回復されたエデンであること、彼が追放された時よりももっと美しくなったエデンであることを彼は悟るのである。」(各時代の大争闘下巻428)
 「贖われた者は、長い間失われていたエデンのいのちの木に再び近づくことを許され、最初の栄光に輝く人類の完全な背丈に『成長する』のである(マラキ書4:2英語訳)。罪ののろいの最後の痕跡が取り除かれ、キリストに忠実に仕える者たちは、知的にも、霊的にも、身体的にも、主の完全な姿を反映して、『われらの神、主のうるわしさ』を着て現われる。ああ、なんというすばらしい贖いであろう。これこそ長い間、語り、熱望し、熱心な期待をもって瞑想してきたが、しかし決して十分には理解できなかったことであった。」(同上424)

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