「神をあらゆる賜物の賦与者と認めて」

 「日々にわれらの荷を負われる主はほむべきかな。神はわれらの救である。」(詩篇68:19)

 「ユダヤ制度のもとで、子供が生まれると、神ご自身の指名により、神に捧げ物がなされた。今日わたしたちは両親が子供の誕生日に贈り物をすることに特別努力しているのを見る。彼らは、あたかも名誉は人間のためにあるかのように、これを子供に栄誉を授ける機会としている。・・・永遠の命に対する希望と同様に、命も健康、食物、衣服も、わたしたちはあらゆるあわれみの賦与者に恩を受けている。だから神の賜物を認め、最大の恩人に感謝の捧げものをすることは神に対する義務である。これらの誕生プレゼントは天で認められる。
 もしクリスチャンの両親が、人間に対する救いという神の大いなる賜物を認めて、子供たちが神への捧げものをすることを習慣づけていたならば、若い人々の品性はどれほど変わっていたことであろうか。彼らの思いは自分自身から、祝福された救い主へと引き寄せられていたことであろう。彼らは神がご自分たちを愛しておられること、また神はすべての祝福の源であり、自分たちの幸福と永遠の命の希望であることを感じるよう教えられたであろう。
 もしこの種類の教育が子供たちに与えらていたなら、わたしたちは今日利己心や妬み、嫉妬がはるかに少ないのをみるはずであり、もっと男らしい若い男性、もっと女らしい若い女性をみるはずである。なぜなら手本であられる方はずっと彼らの前におられ、彼らは模範であるイエスの素晴らしさにならうことの重要性を痛感させられているからである。・・・神は青年も大人もイエスを見つめ、ご自身が送られたイエス・キリストを信じ、キリストがその心に宿ることを望んでおられる。そうすれば、新しい命がその人のあらゆる能力を活気づけるのである。聖なる慰め主は、彼らの弱さのうちに彼らを強め、困惑の中で彼らを導くために彼らと共におられる。・・・慰め主は生命の道を彼らに明らかにされる。」(レビュー・アンド・ヘラルド1890年12月9日)

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