「信心があって足る」

 「信心があって足ることを知るのは、大きな利得である。」(第一テモテ6:6)

 強欲に利得を求めることを減らし、自分にかまうのを減らしなさい。私心のない情け深い気高い行為によって、あなたの神に似た男らしさ、あなたの気高い女らしさを取り戻しなさい。あなたの以前の貪欲な精神を心から嫌悪し、魂の真の気高さを再び得なさい。神がわたしに示してくださったことから、あなたが熱心に悔い改めないかぎり、キリストはあなたを口から吐き出される。…
 真理を信じ、神の御子の品性と生涯を熟考していると公言するすべての者にわたしは訴える。このお方はわたしたちの模範である。その生涯には私心のない情け深さが目立っていた。人間の悲哀に絶えず同情の念を起こし、良い働きをしながら、巡回された。このお方の生涯全体に利己的な行動は一つもなかった。(教会への証l巻482)
 誇りによつて、男女は、ある特定の方法で兄弟もしくは姉妹に奉仕をすることは地位を下げることになりがちだとの立場を取るようになる。しかし、いわゆる使用人の立場と言われるところで奉仕をすることは、説教壇から奉仕するのと同じように賞賛に値するものである。家の中でなさなければならない義務を果たすことに地位を下げるようなものはなく、はしためや僕にさせるような義務を申し分なく完壁になしえることは、卑しいことではない。物事に対する正しい見解を取るなら、良い僕であることが自己尊重を傷つけるようなことは決してない。
 しかしあなたが主のみ働きのどの枝であつても恥じるところのない、快く教えを受け、学ぶ用意ができており、自分の働きに忠実で、力と能力において絶えず向上しつつ錬達した働き人になって、神に自分をささげるように努めはげまなければならない。(サインズ・オブ・ザ・タイムズ1893年5月15日)
 家を飾るために、いろいろなものを無理に得ようとして骨折ったりするよりも、神が尊ばれるもの、すなわち柔和で穏やかな精神を大切にしていけたら、そのほうがどれほど良いであろう。単純さ、柔和、そして真の愛情は、どんなに質素な家庭であっても、そこを天国にする。平和と安らぎを失うより、どんな不自由でも喜んで耐えるほうがいいのである。(家庭の教育136、137)


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